「創造」には創造主が存在し形がどのようなものであれ作為が伴い、「行」は修行という動作を伴いますが「生む」とう行為はは無作為であり,あえて感情表現するならばそこに存在するのは「愛情」のみであります。

 作られた物は維持しなくてはならず、故に手を掛けた者の作為によって形を変える結果を残します。

 動作は厳しければ厳しいほど、限界や挫折感を伴います。

 しかし生まれたものは「示し」や「慈愛」によって育んでいくものなので「自己」という未知数に可能性を求めるものとなります。

 簡単にいうならば、父の威厳と母の愛情によって人格を築き、伝統という慣習により正しき「道」を見出すという事であります。

 それが所謂「武士道」であり、又、伝統的慣習の「神道」となって民族意識に根付いてきたのであります。

 しかし慣習的に伝統や文化を捉えるが故に生き様に「絶対」というものがありません。

 だからこそ軌道修正としての維新が存在し、日本精神の根本にある叡智をして民族性を取り戻す作業を常としてきました。

 近代歴史に於いて精神的欠落による民族の危機感が高まったのは、明治維新後の西洋文明の氾濫があげられます。

 永きに亘る鎖国制度の壁をを打ち破り、近代文明への階段を昇る過程で、誤った開放感から西洋文化に酔いしれ、日本人としての意識を損なう危機に瀕したのであります。

 そうした現状を危倶したのは、明治天皇であり、その意中を体した時の指導者(政治家)であります。

 三百年に亘る鎖国制度により、近代科学とは全く無縁であった日本に於いて、ペリー来航はあまリにも衝撃的であり、只々驚愕するばかりでありましたが、西洋文化に翻弄され紆余曲折を重ねながらも、日本人の道に誤りなきまま近代国家の歩みを進めた大本にあったのが教育勅語であります。

 以来、教育の基本原理として、日本人の道徳の規範として明治、大正、昭和の三代に亘って精神的背骨となって我が国の急速的な発展を支え、原動力となってきました。

 この原動力を一番恐れたのは、所謂連合国であります。

 白人を人類史上で至上のものとし、他人の土地を土足で踏みにじり、侵略統治を重ね、有色人種を搾取の対象としか見なしていなかった支配主義に対し、臆することなく立ち上がり、無敵といわれたバルチック艦隊を打ち破り、世界の覇者を自負した連合国とは三年八ヵ月に及ぶ戦いを繰リ広げ、戦争には敗れたものの、アジアの解放、東亜の安定という目的を達成し、へりくだり、迎合する以外に道を見出せなかったアジアの人々に戦う勇気を施した日本民族を再び強国として立ち上がらせない為に、神道を宗教と決め付け政治と切り離し、教育勅語を取り上げ、憲法や教育基本法を押し付ける占領政策を策謀したのであります。

 占領軍の手によって日本の教育から「修身」の教えが廃絶されて久しく、すでに五十有余年の歳月が経過致しております。

 今日の日本は戦後教育によって押し付けられた西洋思想に犯され、その姿は明治維新後の西洋文化流入による日本人の意識喪失状態に酷似しており、だからこそ教育の指導原理を取り戻す事が急務であるといえます。

 これからの教育課程にて再認識するのは、この支配主義者がもっとも恐れた私心なき日本人の基本原理であり、日本人らしさの根源、すなわち道義・道徳を根幹にした「修身」であり「教育勅語」の精神であります。世界に冠たる日本の民族精神をもって祖国の再建をはかり、真の世界平和を希求することは人類に対する責任でもあります。

 日本民族の進むべき道を知覚感得し、涵養せしめる思想集団である我々は、誇り高き日本人の模範となり、誤れる国情を軌道修正しうる先駆者として意識と地位の向上に努めなくてはなりません。

以上、日本精神回復、複興の趣意とし教育課程に臨みたく亙いに研鑽してまいりたいと存じます。

前のページ



back