21世紀の民族派のあり方
平成17年6月27日
北海道本部長 山本 正實
国家なき戦争の時代
2001年(平成13年)の9・11米中枢同時多発テロ以後、世界は政治的にも軍事的にも状況ががらりと変わった。それまでアメリカ発のグローバリズムは、欧米、日本など先進国を中心にロシア、中国を引き込んで、世界を席捲してきた。いまさら言うまでもないが、冷戦終結後、米国は軍事、経済、情報などすべての分野で世界を制し、もはや連合しても米国をしのぐ国はなくなった。米中ソ三極時代から米国一強時代に入ったわけである。米中枢同時多発テロは、その世界の頂点に君臨する米国の心臓部に直撃したのである。
建物の一部が崩れ落ちた米国防総省の被害を調べる救助隊員ら(ワシントン郊外で)
このテロは、それまでのテロの“常識”を覆した。テロリストたちは乗客が多数搭乗した民間航空機を乗っ取り、そのまま目標に向かって突入したのである。民間航空機を爆弾代わりに使用する自爆テロは、世界のどの情報機関も予測し得なかった。テロリストたちは爆発力を高めるために、ジェット燃料を多量に積載した長距離便をハイジャックしていた。襲撃対象もこれまでのように、警備の手薄な大使館や政治家など特定個人を狙うのではなく、世界経済の総本山・世界貿易センタービルと、世界最強の軍事力、権力の象徴である米国防総省=ペンタゴンに照準を合わせた。テロリストは、トラの尻尾を踏んだのではなく、トラの心臓部を爆破したと評されるゆえんである。
ユナイテッド航空93便の墜落現場を捜索するFBI捜査員(ペンシルベニア州ピッツバーグ近郊で)米国の防空網は、9・11まで万全で無敵とされてきた。それがまんまと破られ、世界貿易センタービルは完全に破壊、国防総省も一部が破壊された。中心を直撃された米国の衝撃は、筆舌に尽くしがたいものがあった。死者は1万人超と推定され、小型核兵器の使用に等しいと言われた。米国の威信は傷つき、世界はテロリストが正確に標的を直撃したことに驚いた。テロ発生二時間後の午11時、ピット米証券取引委員長は「状況が許すまで証券取引を中止する」と宣言、米国は航空機の発着も取りやめた。米国中心の物流が止まることで、グローバル化され、一体化を強めた国際市場が麻痺、東京株式市場では平均株価が急落して1万円を割り、大手銀行15行の保有株式の含み損だけで5兆円におよび、原油、金相場が暴騰した。グローバリゼーションの意外な脆さが露呈したのである。翌日にはG7各国の財務相、中央銀行総裁が緊急声明を出し、経済安定のため七カ国は協調態勢を取ることを明らかにした。
目には目を、という大国間のルール
米共和党のチャック・ヘーゲル上院議員はこのテロを、なんと「第二のパールハーバーだ!」と評し、ワシントン・ポストは、社説で無差別テロに「報復すべし」と書いた。米国の政治思潮を代表する高級紙が、強硬論を展開するのは異例のことである。米国はこの無差別大量殺戮テロを「戦争行為」とし、ブッシュ大統領は軍事力を含む報復を明言、テロ問題で旗幟を鮮明にするよう各国に求め、報復行動に反対したり、支持や協力に躊躇すれば「敵対国」と見なすとの外交面での強硬政策を打ち出した。同時テロは、戦争の性格を変えたのだ。これまでの国家対国家の戦争から、国家なき敵との宣戦布告なき戦いの時代に突入したのだ。もう少し噛み砕いて言えば、一つまたは複数のテロ組織が、強力な軍事力を誇る超大国と闘うまったく新しい戦争の時代が到来したのである。
米軍の空爆により破壊された住民の残骸を片付ける人達(2001年10月アフガニスタンのカブールで)同時テロではっきりしたことは、テロリストたちが無差別に一般市民を大量殺戮することをまったく躊躇しないということである。彼らが核兵器を入手していたら、それを使用している可能性が高い。米国は、冷戦後の最大の安全保障上の脅威の一つとして、国際的なテロと核兵器など大量破壊兵器の拡散の恐れを挙げていたが、同時テロの惨事はまさにその懸念を裏付けたものとなった。
ブッシュ大統領は、同時テロ直後の演説で「テロリストと彼らを匿っている者を区別しない」と明言した。これは報復対象を、テロリストだけでなく、その周辺にまで拡大するという意味である。ここで重要なことは、ロシアと中国が米国の報復行動に反対せず、容認したことである。国連安保理事会がいち早く「あらゆる形態のテロと闘うため、すべての必要な手段をとる」との決議を採決したこともあるが、1999年のNATO軍のユーゴスラビア空爆に猛反発したときとは大違いだ。これには当然ウラがある。ロシア、中国は国内に多数のイスラム教徒を抱えている。彼らはイスラムだけの独立国家の樹立を熱望している。ロシアではテロが繰り返されている。従って、米国がイスラム過激派を攻撃することは、ロシア、中国にとって「容認できること」なのだ。通常、テロという犯罪行為に対する制裁行動は、犯行の証拠を固めて犯人を逮捕し、犯行にかかわった組織を壊滅することに限られるべきだが、米国はこのルー
ルを踏まなかった。米国はアフガニスタンのタリバン政権に同時多発テロの首謀者とされるビンラディンの引き渡しを求め、タリバン側が拒否するや報復の軍事行動を開始、各国がこれを容認するままに米軍は独走、タリバン政権をつぶし、アフガニスタンに親米暫定政権を樹立した。
米欧新冷戦の時代におけるわたしたちの役割
米国は、続いて「イスラムが大量破壊兵器を隠匿している」との口実で、国連のイラクへの査察継続論を無視して英軍とともにイラクに軍事侵攻、フセイン政権を崩壊させた。ところが大量破壊兵器は見つからず、もともとなかったのではないかという見方が強い。そのうえ、軍事行動の成果は最悪で、アフガンの内政は安定せず、イラクもなお混乱の極みにある。ブッシュ政権の隠れた狙いは、石油利権と米国流のアラブ民主化に筋道をつけることにあるが、それだけでもない。ブッシュ大統領はプロテスタント右派に属し、ユダヤ教徒の支持を受けている。ブッシュ政権の対アラブ政策には宗教的にはキリスト教原理主義・ユダヤ連合対イスラム原理主義という構図が隠されている。大川周明がコーランの翻訳者としても知られるように、日本の右翼・民族派にとっては、この構図は無視できない。
アフガン、イラク制圧は、本当は何のための軍事作戦だったのかという疑問は、ブッシュ政権への厳しい批判となって跳ね返っている。
平成16年9月、ブッシュ大統領は共和党大会で「手遅れになる前に脅威に立ち向かう」と対テロ戦争に改めて強い姿勢を打ち出したが、同大会に合わせて展開されたニューヨークでの反ブッシュ・デモには50万人が参加、大会三日目の行動では1600人以上の逮捕者が出た。同じころロシアでは仏独ロ首脳会議が開かれた。イラク侵攻では、仏独が離反し、中ロはもともと距離をこいていた。米国一極支配から、再び多極化が進む気配が見えてきて、“米欧新冷戦”という言葉が飛び交い始めている。こうした変化の激しい国際情勢の中で、有効な民族主義運動はどのように展開していけばいいのか。これがこれからのわたしたち民族派にとっての大きな課題なのである。