平成17年5月30日
今年も五月三日は憲法記念日である。今年は戦後六十年。現行憲法施行から五十八年。この間国の内外を問わず、色々な事があった。
元々現行憲法には改正すべき点が多々あり、日本が昭和二十七年に占領解除された時点で、すぐに改正すべきであったけれども、さにあらず、憲法の一言一句たりとも変わらず今日を迎えている。昨今の報道により、改憲の機運が高まっているとされ、本年一月には自民党の中川国対委員長が通常国会での改憲のための国民投票法の成立に強い意欲を表明した(4/25現在制定されていない)。又、四月に出された衆議院の憲法調査会の報告書では国民主権・象徴天皇(天皇について元首と明記する必要なし)・第九条の戦争放棄は残すなどを骨子としている。
とにもかくにも、この五十八年間、日本は平和であった。(少なくとも日本が戦場にはならなかった)。ではなぜ平和でありえたのか?平和憲法?があり、日米安保があったからなのか?これは、今を生きる国民が考えなければならない重要な問題である。
今までの憲法論議の多数は、自衛隊という武力=軍事力を国防(今はなぜか安全保障という)のための正当かつ不可欠な手段として認知するかどうかという世界にもまれな論議をしてきていると思うのは筆者だけか?しかれば、認知した場合日米安保体制(今はなぜか日米同盟という)はどうするべきなのか?国軍にして日米安保は破棄されるべきものなのか?応えはノーである。日米安保体制を根幹とする今日の日米関係は、日本の浮沈に関わる問題なのだ。
その事を考える上での一つの物事として共産中国は経済発展のウラで、所得格差、地域格差が拡大し、独裁を続ける共産党幹部の腐敗はますます深刻化している。
所得の伸びない農民やリストラされた失業者らは、共産党への不満をつのらせている。どんなに偉そうな共産主義なるお題目をならべたてて、上から下(共産主義国家にヒエラルキーが存在しているという矛盾!)に辛抱を強要しても、それは無理な事である。その不満の矛先を反日に向けさせているのが共産党政権なのである。そして、反日デモにより、現地の日本大使館や領事館、企業や店舗や日本人に与えた損害について、日本が過去に悪い事をしたのだから、そのせいであり、謝罪も賠償もしないと公式に平然と言ってのける国である。これではまともな相手として話し合うという事が不可能であるのが誰でも分かろうというものだ。しかも軍事費を毎年に二ケタで増やしている。こんな国と相対するにはどうするのか?
ここで出てくるのが日本と台湾との関係である。アメリカには国内法である台湾関係法(台湾に対する軍事力を含めた援助)がある。つまり日米台は結びついていなければならないのである。台湾についての詳細はまた稿を改めようと思うが、簡単に言えば台湾の問題は共産中国の国内問題ではないという事だ。そして日本は台湾の李登輝政権以前の国民党独裁政権も共産中国も支持しない独立派との連帯を強めていかなければならない。これが日本の展望であると言っても過言ではなかろう。
そして、本年三月十四日に共産中国で施行された「反国家分裂法」は、台湾の独立と安全を脅かすだけでなく、日本の独立と安全をも脅かすものである。台湾がもし軍事占領される事態になれば、日本の生命線である台湾周辺海域がどうなってしまうかは想像に難しくない。
この事は尖閣諸島魚釣島の灯台の灯を二十七年守りつづけた日本青年社がずっと主張していることである。アメリカの共産中国への外交政策が変化している今、日本の政策も変えていく必要は大である。
最後に共産中国の経済発展は、海外からの直接投資に大きく依存しており、輸出入に占める外資系企業の比率は五割を超える。反日デモで見られた「日本製品ボイコット」は、そのまま共産党政権にむけられた刃なのである。