更新:H17/3/16
私どもが昭和53年に尖閣諸島魚釣島に建設して以来、現在まで27年間にわたって守り続けてきた魚釣島漁場灯台は、政府から正式に海図に記載し今後は国が維持管理を受け継ぎたいとの申し出があったことから、政府関係者と協議を経て平成17年2月9日に灯台を国家移譲致しました。
●日本青年社が取り組んだ尖閣諸島魚釣島漁場灯台建設と保守点検の意義
尖閣諸島は明治28年(1895)に政府の閣議決定によって領土編入措置が行われた日本固有の領土ですが、昭和43〜44年にかけて国連海洋調査団による海底調査によって東シナ海の海底に有望な石油資源が埋蔵されている事が発表されてから台湾・中国が領有権を主張しはじめ、昭和53年8月12日の日中平和友好条約締結を目前にした4月には中国の武装漁船140隻が尖閣諸島海域に侵入し1週間に及ぶ威嚇行動を行うという事件が発生、政府がこの中国の暴挙に何の対応のできなかったことに危機感を抱いた私どもは「尖閣諸島領有決死隊」を編成、同諸島に上陸して領有権を主張するべく灯台を建設、同12日に日本の灯火を点して以来、今日まで27年間にわたって日本の灯を守ってきました。
今にして顧みれば、この27年の間には多くの先輩同志が灯台の保守点検に携わり、数々の出来事がありました。
そもそも尖閣諸島の灯台は海上保安庁の指導を受けて完成し、魚釣島漁場灯台の名称も海上保安庁が命名したのですが、私どもが再々提出した灯台の管理許可申請に対して政府は「対外的な問題が介在しているので暫く猶予期間が欲しい」「現在関係官庁と検討中、結論を延期したい」などの理由で今日まで許可申請は保留にされてきました。
私どもは、これこそ正に歴代内閣と外務官僚の弱腰外交と自己保身の証左であると激しい憤りを抱いたこともあります。そこに本来守るべき国家国益を蔑ろにしてきた日本政府の本質を見ることもできました。然し、この度、政府が尖閣諸島魚釣島漁場灯台の国家管理を鮮明にしたことは、私どもが取り組んできた国益を重視した活動の成果であり異論を挟むものではありません。然し、現代社会において最も重要なことは今日まで国益を蔑ろにしてきた歴代内閣を見るが如く、政治改革、行政改革、司法改革とともに政治家改革が喫緊の課題ではないでしょうか、皆さんもぜひご一考をお願いします。
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